震災から2年半を経ているが、その爪痕はまだ残っている。お魚市場のすぐ脇にある公園は、ちょうど那珂川の河口にある。被災当時、たくさんのがれきに覆われていたのはきれいに片づけられている。しかし、安全のための柵は手を付けられているが、地面にはまだ手を付けられていない。 | |
公園のトイレは外壁は残っていて、あまり損傷はないように見える。しかし、その前に立っていた街灯は根こそぎ押し倒されたままである。これでは地中の配管がどうなっているのかも定かではない。復旧までにはまだまだな害時間がかかりそうである。 ちなみに、お魚市場の入り口にある大きなトイレは改修の工事が入っていた。 |
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産卵を終えた雌の鮭だろうか、漂うように岸の近くにいた。那珂川を遡上してたくさんの卵を産んでくれたのだろう。 市場には半身にされた鮭が山のように並べられていた。ちゃんちゃん焼きなどごちそうの季節である。 |
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市場の前の岸壁はきれいになおされ、釣り糸をたれる人も見かけられた。その海面がざわざわと波打っている。たくさんの生き物がいる気配である。6〜7m程のかたまりが動いている。 | |
ボラである。あまり大きくはないが、たくさんのボラが海面に口を出しながら泳いでいる。空気が欲しいと言うよりも水面を流れてくる餌を狙っているようである。それにしてもこの集団はどうしたのだろう。イワシなどと同じように群れを作る習性があるのだろうか。 | |
漁港の外側には波消しのためのテトラブロックが積まれている。どれもまだ新しい。コンクリートの白い肌そのままである。あの津波によって多くが破壊されてしまったのだろう。この穏やかな海からは想像できない自然の猛威である。 | |
大きな台船に積まれたクレーンが稼働していた。太平洋に面したたくさんの港や海岸線が被害を受けたのだから、その復旧には時間がかかる。ご苦労に感謝したい。 | |
この港では、どの程度の漁船が被害にあったのだろうか。これから漁に出る漁船が準備をしていた。底引き網で漁をしているのだそうである。何を狙うかによって漁場も変えるし、網を引く時間も変えていると話してくれた船長さんの笑顔が、港の復興を物語っているように思った。 | |
漁港では船が入ってくると、朝と、昼にも競りが行われるという。トラックで駆けつけた仲買の人たちに次々と競り落とされていく。しかし、小ぶりなマグロやシイラが見られたが、量が少ないのですぐに終わってしまった。 その脇には、漁に使う編みが干されていた。網の目が徐々に細かくなり、立体的に作られているのが見られた。 |
平成25年10月末